映画の余韻を、日々の言葉に。INDEPENDENT CINEMA JOURNAL

梨の花シネマ帖

無声映画の上映案内では、伴奏や弁士の情報も読んでみる

白いノート、鉛筆、無地の映画チケットとお茶を机に置いた、鑑賞後をイメージしたイラスト。
AIによるイメージイラストです。映画の場面写真ではありません。

「無声映画」という名前から、会場も無音だと想像していませんか。上映案内に伴奏や弁士の情報があれば、それも今回の鑑賞体験を形づくる大切な条件です。

BFIの弁士についての記事では、小津安二郎の『朗かに歩め』の上映を取り上げ、日本の無声映画上映における音楽や語りに触れています。ここから「昔はどこでも同じ形式だった」と広げるのではなく、一本の映画がどのように上映されるかに目を向けてみましょう。

作品と当日の演奏を別々に記録する

ノートには、作品名、制作年、上映場所のほか、伴奏者や弁士、使用される音楽の説明を書ける欄を作ります。録音音源なのか、その場で演奏するのかも、案内で確認できる範囲で残します。

鑑賞中は、音が動作にぴったり重なる瞬間と、画面とは違う流れを作る瞬間を一つずつ探してみてください。ただし記録のために周囲の鑑賞を妨げる必要はありません。終演後、覚えている場面を短く書くだけでも十分です。

同じ映画を別の機会に見るとき、前回の記憶と異なる印象があっても、すぐに映像の編集が変わったと考えなくてかまいません。伴奏、語り、上映速度や素材など、確認すべき条件があります。分からない要因は分からないまま残します。

この見方は、正しい感想を探すためのものではありません。「この映画はこういう作品だ」という一文に、今回どのように出会ったかを加えるためのものです。上映案内の演奏者名が、映画の余韻を思い出す手がかりになることもあります。